阿蘇ぐらし・熊本ぐらし  by 木のいえ設計室くわくわ

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カテゴリ:熊本地震( 5 )


2016年 08月 16日

熊本地震を経験して、家づくりを考える


4月の地震を経験し、身近に建物の被害状況を見たことで、これまでにもまして、
地盤、敷地環境、耐震性について考えることとなった。

また、設計者として敷地の選択の場面からアドバイスしなくては、とも考えている。

関東ではいずれ、直下型地震にみまわれる、という国からの警告もあり、耐震改修
や地盤改良など、進んでいたと思う。
それでも、建築基準法では、耐震性能1程度をクリアしていればOKということもあって、費用のかかる耐震に体する措置を講じている所はまだまだ少ない気がする。

熊本に移住した理由のひとつが、地震が少ない、というなんとなくの噂に惹かれた、ということもあった。
ただし、移住してからの情報では、もし南海トラフ最大規模M9の地震が起これば、熊本でも震度6を越えるだろう、という予想は県の発行している防災マップで知ることとなった。

熊本は地下水で水道水を賄える、数少ない都市である。=地盤がゆるい。
とは、考える人が少なかったのだろうか?
防災マップには阿蘇市や熊本市内などの液状化する地域の予想地図が真っ赤に示されていた。
今回の地震で、液状化のあった地域だった。

熊本で地震対策は進んでいなかった。

古民家の建築も、作り方次第では被害が少なかった家と全壊などの被害を受けた家とに分かれてしまった。
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これほど、建具にゆがみがあったにも関わらず、柱は15ミリ程度の傾き
に留まり、住み続けることは可能だった。
補強壁をつくることで、耐震補強をすることにした、という。

この被害の少なかった家を見せていただくと、板壁を使っている、梁の
大きさ、柱の大きさなど、充分に耐力を維持できるものを使っていた。
同じ地域によって、これほど被害に違いが出ることも知る事となった。

益城町や西原村のように、活断層の真上にある場合は、無惨に倒れてし
まっているが。

現在は、国土地理院が各地の活断層の地図などをネット上でも配布し
ている。
新築する際には、敷地がどのような場所にあるのか、また、どのような
地盤かを調査することの大切さを、あらためて肝に銘じている。

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高い擁壁の上に建つ家

今回の地震で、熊本城の城壁の石垣が大きく崩れてしまったことは
テレビなどでも大きく報じられた。

石積みの技術は熊本では様々な住宅の外構にも生かされて来たが、その多くが
崩れている。

高い擁壁の上に建つ住宅は、家そのものはしっかりしているにも関わらず、
崩れた擁壁の上で傾いていて、危険で住む事ができない。
地震で耐えても、大雨の影響で状況は悪化していく一方。
ペンション村、別荘地など、新しい分譲宅地は不安な場所が多い。

そんな中、熊本市内で、2度の震度7に耐えている家もある。
揺れは大きく、室内はひどく散乱したものの、傾きやひび割れなどほとんど見る
事がなかった。
住人も、避難所に行く事なく、暮らしていたという。

それが、板倉工法。

柱に溝を作り、厚みのある板をその間にはめていく工法。
柱や梁が見えるように作るのが通常で、内壁は板倉のままでもよいし
漆喰塗りなどにすることもできる。

従来の筋交いでは足りず、合板は使いたくないくわくわとしては、
この板倉工法をおすすめしたい。

なにより、熊本や宮崎などの九州産木材をふんだんに使うため、
森林の活性化にもつながる。

安心できる構造、快適な空間を基準にしながら、美しいタイルやガラス、
オリジナルのキッチン、洗面台、建具など、わくわくしながら家づくり
をすすめていただけることを目指していきたい。


熊本県内から関東まで、家づくりご相談ください。

安心して暮らす家木のいえ設計室くわくわ

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by kuwakuwa39 | 2016-08-16 14:47 | 熊本地震 | Comments(0)
2016年 08月 13日

8月13日の熊本

明日で、熊本地震全震から4ヶ月になります。

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南阿蘇村では、2度の地震にも建ち残った家が、引き続いた大雨の後、土石流で
山から大量の岩や木材、土が流れ、埋もれたり、倒れたりした家屋も多い。


最も被害家屋の多かった益城町も西原村も少しずつ仮設住宅も建ち、避難所からの
移動も進んでいるようです。

ただ、仮設住宅はあくまでも仮設住宅。
2年を限度に退去することが条件の入居です。

高齢者の多い地域ということもありますが、あらたにローンを組んでの新居建設に踏み
きれる方は、実際には被災者のごく一部ではないか、と思います。

実際に全壊という罹災証明を受けても、新設する以外の方には見舞金も出ない、と聞き
驚きました。
また、公費で解体が出来るとはいうものの、業者が不足していて、いつまでも新しい
スタートがきれない、というお話もあります。

ある全壊判定を受けた住宅のご夫婦からお話をうかがいました。
ご主人にとっては、生まれ育った、思いで深い家。
全壊、解体、と言われても気持ちはすぐには切り替えられない、と。

見舞い金や、地震保険で受け取る範囲で建て替えられる住宅は、これまでのような家とは
大きく違います。広さも木材も格段の差です。

それでも、子世代に迷惑はかけられない、と500万円程度でなんとか建てられる家を
考えている、と言われました。

改修する場合には、見舞い金も出ないというのは本当でしょうか?
これまでの家を大切に補修、補強して暮らすことができれば、有意義だと思うのですが。

応急危険度判定とは別に、被災度判定、補強、補修プランの提案など、設計者ができる
お手伝いはこれからかもしれません。

選挙、都知事選、五輪と、あっという間に、熊本地震の報道も減ってしまった、と関東の
友人から聞きました。

毎日、暑い中、全壊判定の家の片付けをし、なんとかそこに暮らし続ける努力をしている
高齢者がいます。

地元を遠く離れ、転居した仮設住宅で不便な暮らしを余儀なくされている家族がいます。

どうか、熊本を忘れないでください。
明日は、みなさんの地域が被災地になるかもしれません。

決して、他人事ではないから。



気持ちよい家木のいえ設計室くわくわ



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by kuwakuwa39 | 2016-08-13 17:04 | 熊本地震 | Comments(0)
2016年 05月 11日

PTSD(心的外傷後ストレス障害)

PTSD(心的外傷後ストレス障害)

これまで、他人事と思っていた。
大の大人の自分がそんなことになる、とは思わなかった。

ただ、311地震を東京晴海で経験した私は、津波がくるかもしれないという恐怖と
闘いながら、震える手でハンドルを握り、必死になって海を離れた記憶を、あの地震
でフラッシュバックしてしまった。

しばらくは、動き回ることで紛らしていた気持ちが、少しずつ日常に戻る生活時間の
中で、徐々に頭をもたげてきた。

頭では分かっているので、どうしても出来ないことがある。
そのことを考えただけで、頭痛がし、吐き気、腹痛、動悸がしてしまう。
大人としての責任を考えれば、到底考えられないようなことだ。

でも、本人にとってはどうしようもない。

311後、東京での打ち合わせも池袋より南には行けないとお断りしてきた。
5年が経ち、ようやく東京にでかけることもできるようになった。
実際、熊本地震の後、東京でのお仕事のために滞在した時には、あれほど
おそろしいと思っていた東京にいて、ホッとしたくらいだった。

受診した心療内科医は、この地震後、受診者数が増えたという。
おそらく、これから子どもたちにもおとなにも症状が出てくると思う。
東日本では、数年経ったころから現在に至るまで、不登校のこどもたちが
増える、事故が増えるなど、地震がもたらしたと思われる後遺症が続いて
いるという。

こどもたちには、語彙が少ないために現れるのは、夜泣きや腹痛や乱暴に
なる、など、今までとは違う状態になることがあるかもしれない。
避難所や車中泊でのストレスがそろそろ顕著にでてくるころでもある。

仮設住宅から復興住宅に移り住むころには、鬱状態になる方も増える。

倒れた家はなんとかなるかもしれないけれど、人の心は壊れると立て直す
のに、とても時間がかかる。

今頑張っている方に伝えたいこと。
無理をしないでください。

気を張っている間はなんとか動けている方も、それは日常ではない動き方
だから。

http://health.goo.ne.jp/column/zoom/3/0082.html
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by kuwakuwa39 | 2016-05-11 23:50 | 熊本地震 | Comments(0)
2016年 05月 05日

ダムと原発  その共通するごまかし

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崩落した阿蘇大橋対面をカルデラ側からみる。
撮影:阿蘇:立野ダムによらない自然と生活を守る会

カルデラに暮らす私たちにとって、大動脈だった阿蘇大橋と俵山トンネル
が4月16日深夜の地震で大崩壊した。

おそらく、同じ場所に同じ形態の道を再生することは困難だろうと思う。

阿蘇大橋がかかる立野地区には長い間、立野ダムの計画があった。
詳細は下記ホームページへ。

阿蘇:立野ダムによらない自然と生活を守る会




いつも眺めている車窓からの断崖は素人の私が見てももろい地質のように思われた。
2012年阿蘇大洪水の際にも、今回崩れた同じ並びの山が崩壊して、人家がつぶれ
亡くなられた方もあった。

山腹をけずり、崖ぎりぎりに作られた57号線は、地震が起きることをまったく想定して
いなかったのか?
そもそも、この渓谷自体が数万年前の活断層が動いて出来たものではないのか?
熊本にはこういう切り立った崖、渓谷が各地にある。
高千穂渓も同じような成り立ちでは?

守る会の今回の地震をふまえてのダム建設取りやめの申し入れは、当然のことと
思う。

報告書にあるように、守る会が指摘していた地質、活断層などの存在をことごとく
否定し、建設準備に突き進んで来た熊本県、国は今回の結果をうけて、どのような反応、
決断をするのだろうか?

今回の地震の影響で、差し迫ったもっとも大きな危険のある鹿児島県川内原発。
九州電力は、活断層は存在しないといい、火山の影響もない、と言っている。

同じ、でたらめ、うそ、ごまかしが今後もこの国、国民に通用するなら、
この国に未来はない。

一刻も早く、すべての原発の使用済み核燃料の安全な処理(現在の技術で最適と
されている)と川内原発の稼働中止を求めたい。

呆然自失としている場合ではない。
参議院選挙はあと2ヶ月後。
総選挙もあるとすれば、あきらかに現政権に有利に働く。

災害、原発、復興、安保。
国民のための本来の政治家をわたしたちは選ばなくてはならない大切な選挙。
頭の中でぐるぐる、様々なことが巡る。

今も避難所で車中で苦しい避難生活をしている国民を尻目に
総額5億とも言われる外遊をする、現政権に、私は憤りを感じる。

でたらめ、うそ、ごまかし。
人の命を最優先にするならば、通用しないこと。

地震は起きる。噴火も起きる。とめられない地球の活動。
でもそこで、どんな対応をするか、これは人が決めることができる。
さて、どうするか?
今のままでよいか?本当に?
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by kuwakuwa39 | 2016-05-05 09:47 | 熊本地震 | Comments(0)
2016年 04月 22日

阿蘇が揺れ 1週間経ちました。

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15日、夕景
同時にとても濃い硫黄ガスの匂いがしました。


久しぶりの更新になります。

東京でのお仕事、阿蘇でのお仕事に毎日忙しく過ごしていた14日、9時30分ごろ
益城町が震源の震度6(高森町)の大きな地震が突然やってきました。
私が暮らしている高森町は、テレビ報道されている南阿蘇村の東隣になります。

古い家なので、何が起こるかわからないためにすぐに車に移動しました。
毛布、携帯、懐中電灯を持って。

友人達から安否確認の電話やショートメールを受け取り、少し余裕ができて
電話で話をして、気持ちが落ち着いてきました。
震える手も、少し落ち着いてきました。

当日、担当したお宅の確認に回って、みなさんの無事を確認して戻ってきました。
その夜、もう大きな地震はこないだろう、とパジャマに着替え、寝込んでいました。

夜中、1時30分ころ、次の大きな地震。
あわてて、外に飛び出しました。
もうわなわな震えるばかり。

あっという間に停電。
すこし落ち着いてから、着替えをして、母がお世話になっている施設に車を
向けました。

歩いても2分くらいのところですが、懐中電灯、電気、クールバッグ(薬用)、毛布
ガスコンロ、カセットボンベなど、その他、役にたつかもしれない物を車に積み込んで向かいました。

施設の方たちは非番の方も集まっていました。
一緒に自家発電機、投光器、懐中電灯など倉庫から取り出しました。

高齢者施設ですから、介護者の方達はご自分の家族よりも利用者、という意識の
中、懸命に動いておられました。

その夜は一睡もしないで動き回っていました。

翌日、ゼロキャンが支援に走っているというのをきいて、早速大人用のオムツ、尿取りパット
カセットコンロ、電池、懐中電灯を依頼しました。
なんと、その夜に支援物資が届きました。

ありがたかった!!
これまでも東日本の支援の経験、私も少しだけお手伝いしている福島の子どもたちの
保養キャンプを行っているネットワークと、経験が、すばやい支援を実現させているのだと思います。

彼らはすでに益城町など、前日の被災地支援をしていましたから。

停電すると水がとまる。
これは高森町にきて、おどろいたことでした。
水道は、一度電気でポンプアップして山の上から落とす、すぐそばにあった湧水公園の
湧水も。ポンプアップしたものをいかにも湧水場のように見せていたものでした。
あっとうまに水は手に入らなくなりました。

地震恐怖症の私が4年前、埼玉からこの地を選んだ大きな理由のひとつは湧水でしたから、とても
ショックでした。

今日で阿蘇震源の地震が起こって1週間、さまざまな方からのご支援をいただいて高森、
南阿蘇の介護施設は無事、窮状を乗り切りました。

昨日から水道も出て、今日は久しぶりの洗濯をすることができました。

高森町は昨日からスーパー、ホームセンター、ドラッグストア、ガソリンスタンドが平常営業して
います。

日々、ニーズが変わっています。

そして、今日は満月。

また次の大きな地震の発生を指摘している人もいます。
これほど、長い期間、大きな地震が続くことは他に(世界的にも)類をみないそうです。

阿蘇山の北と南で、地盤面の高さが沈降、隆起している地図を国土地理院で公表しています。
次はどこで?
次が実は本震だった、と言われるような大きな地震がくることがないように、毎日祈るような
気持ちでいます。

明日は阿蘇市に行く事になっているのですが、本心はとてもいや。
断層が走っているのが阿蘇市から大分。
走って行く道も2012年の洪水では大被害のあった場所です。
命がけ?

今からどきどきです。
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by kuwakuwa39 | 2016-04-22 19:22 | 熊本地震 | Comments(0)