阿蘇ぐらし・熊本ぐらし  by 木のいえ設計室くわくわ

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2016年 04月 22日

阿蘇が揺れ 1週間経ちました。

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15日、夕景
同時にとても濃い硫黄ガスの匂いがしました。


久しぶりの更新になります。

東京でのお仕事、阿蘇でのお仕事に毎日忙しく過ごしていた14日、9時30分ごろ
益城町が震源の震度6(高森町)の大きな地震が突然やってきました。
私が暮らしている高森町は、テレビ報道されている南阿蘇村の東隣になります。

古い家なので、何が起こるかわからないためにすぐに車に移動しました。
毛布、携帯、懐中電灯を持って。

友人達から安否確認の電話やショートメールを受け取り、少し余裕ができて
電話で話をして、気持ちが落ち着いてきました。
震える手も、少し落ち着いてきました。

当日、担当したお宅の確認に回って、みなさんの無事を確認して戻ってきました。
その夜、もう大きな地震はこないだろう、とパジャマに着替え、寝込んでいました。

夜中、1時30分ころ、次の大きな地震。
あわてて、外に飛び出しました。
もうわなわな震えるばかり。

あっという間に停電。
すこし落ち着いてから、着替えをして、母がお世話になっている施設に車を
向けました。

歩いても2分くらいのところですが、懐中電灯、電気、クールバッグ(薬用)、毛布
ガスコンロ、カセットボンベなど、その他、役にたつかもしれない物を車に積み込んで向かいました。

施設の方たちは非番の方も集まっていました。
一緒に自家発電機、投光器、懐中電灯など倉庫から取り出しました。

高齢者施設ですから、介護者の方達はご自分の家族よりも利用者、という意識の
中、懸命に動いておられました。

その夜は一睡もしないで動き回っていました。

翌日、ゼロキャンが支援に走っているというのをきいて、早速大人用のオムツ、尿取りパット
カセットコンロ、電池、懐中電灯を依頼しました。
なんと、その夜に支援物資が届きました。

ありがたかった!!
これまでも東日本の支援の経験、私も少しだけお手伝いしている福島の子どもたちの
保養キャンプを行っているネットワークと、経験が、すばやい支援を実現させているのだと思います。

彼らはすでに益城町など、前日の被災地支援をしていましたから。

停電すると水がとまる。
これは高森町にきて、おどろいたことでした。
水道は、一度電気でポンプアップして山の上から落とす、すぐそばにあった湧水公園の
湧水も。ポンプアップしたものをいかにも湧水場のように見せていたものでした。
あっとうまに水は手に入らなくなりました。

地震恐怖症の私が4年前、埼玉からこの地を選んだ大きな理由のひとつは湧水でしたから、とても
ショックでした。

今日で阿蘇震源の地震が起こって1週間、さまざまな方からのご支援をいただいて高森、
南阿蘇の介護施設は無事、窮状を乗り切りました。

昨日から水道も出て、今日は久しぶりの洗濯をすることができました。

高森町は昨日からスーパー、ホームセンター、ドラッグストア、ガソリンスタンドが平常営業して
います。

日々、ニーズが変わっています。

そして、今日は満月。

また次の大きな地震の発生を指摘している人もいます。
これほど、長い期間、大きな地震が続くことは他に(世界的にも)類をみないそうです。

阿蘇山の北と南で、地盤面の高さが沈降、隆起している地図を国土地理院で公表しています。
次はどこで?
次が実は本震だった、と言われるような大きな地震がくることがないように、毎日祈るような
気持ちでいます。

明日は阿蘇市に行く事になっているのですが、本心はとてもいや。
断層が走っているのが阿蘇市から大分。
走って行く道も2012年の洪水では大被害のあった場所です。
命がけ?

今からどきどきです。
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by kuwakuwa39 | 2016-04-22 19:22 | 熊本地震 | Comments(0)